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備忘録

勉強や読書の記録

境野勝悟『日本のこころの教育』,致知出版社,2001

 境野勝悟氏『日本のこころの教育』を読み終えた.1時間程度で読めたが,実に素晴らしい内容であった.手元に積んでいる本はそろそろ無くなるので,研究を進めねば… 

日本のこころの教育

日本のこころの教育

 

 それはさておき,本書は著者が花巻東高校で講演した内容をまとめたものだ.日本人とは何か,日本とは何かを平易な言葉で説いている.誰にでも伝わるような例題や表現を用いて物事を伝えるというのは非常に重要だと痛感している…リジェクトされた論文のレフェリーコメントにわかりづらいと書かれていた.己の不勉強ゆえの結果なので当然なのだが,つらい. 

 また話が逸れてしまった.講演を行った花巻東高校の校訓には「報恩」がある.この「恩」の字は,「因」と「心」に分けられるので,「恩」の意味するところは生命の原因であると言う.では何によって私たちは生きているのだろうか.このように書かれている.

実は,最近,あの心臓をカチカチと動かしているのは,電池であるということがわかってきたのです.しかも,その電池は,太陽電池であるということがわかってきたのですね.まだ仮説の段階ですが,わたくしたちの心臓の付近に,太陽電池を採るレーダーの働きをする物質があることが研究されてきています.このレーダーが,太陽電池を採って,わたしたちの心臓をコチコチと働かせているというのです.(中略)このように考えると,ぼくたちの生命の原因は,なんと,太陽だったのです.なにも,心臓のレーダーのことなど説明しなくても,太陽がなくなれば,地球全部がその瞬間に真ッ暗闇になります.あっという間に,氷の海になってしまいます.生きているものは,みんな死んでしまいます.

実際に心臓にそのようなレーダーとしての機能が備わっているかはわからないが,少なくとも太陽と生命に関連があるというのは疑いようのない事実だ.以前体調が優れず,布団から一歩も出ずに三日三晩寝込んでいたことがあったのだが,身体に違和感を覚えた.また,梅雨の時期は雨ばかりで太陽の光を浴びることが少ないため,真夏と比べて陰鬱とした気持ちになることが多い.皆さんはどうだろうか.思い当たる節もあるのではないだろうか.

 実は,太陽は日本人と密接な関係がある.日本は「わたくしたちの命は太陽が元」という意味であることを知っている方は多いだろう.では,「お陰様」の意味はどうだろうか.古代の人は,太陽のことを「お陰様」とも呼んでいた.ゆえに,現代でも「お陰様で,(肯定的内容)」という使い方をする.「今日は」の「今日」もお陰様と同様に,古くは太陽を意味していた.「今日は,お元気ですか」という挨拶において,「元気」は元の気(エネルギー)のことであるので,この挨拶は「あなたは太陽のエネルギーが原因で活きている身体だということを良く知って,太陽さんと一緒に明るく生きていますか」と確認している.これに対して「はい,元気です」と答え,「さようなら(ば),ご機嫌よう」となる.つまり,「太陽さんと一緒に生活しているならば,ご気分がよろしいでしょう」と返していることになる.

 「お母さん」も実は太陽を意味している.お母さんのことをカミさんと呼ぶのは想像がつくだろう.この「カ」は古い言葉では「カカ」といい,もっと古い言葉では「カアカア」,さらに古い言葉では「カッカッ」といった.「カッカッ」は太陽を指しているため,「お母さん」という語は太陽を意味しているのだ.著者はこのように述べている.

お母さんはいつも明るくて,あたたかくて,しかも朝,昼,晩,と食事を作ってくださって,わたしたちの生命を育ててくださいます.母親というのはわたくしたちを産み,その上私たちを育ててくれます.母親は太陽さんのような恵みの力によってわたくしたちの世話してくれる.母親はまさに太陽さんそのものだということから,母親のことをむかしは「お日身(カミ)さん」といったのです.

なるほど,母親は実に偉大な存在である.では,父親はどのような意味なのか.お父さんは,お母さんや子供のために一所懸命外へ出て働いて,毎日毎日の糧,生活の糧を運んでくれる.女性たちに危害を与える賊が来ると追い払ってくれる.実に尊い人である.つまり,「お父さん」は「お尊さん」なのだ.

 このように考えると,自ずと,当然の存在に思える太陽や自然,両親に対して感謝の念が湧き上がってくる.著者も「感謝して生きる人間が幸福な人間」だと言っている.これはその通りだと思う.

幸福とは何ですか.何のことはない,感謝して生きることができる人間が幸福だったんです.いくら金があったって,いくら物があったって,いくら地位があったって,ちっとも感謝できない人は,幸福になることはできない.逆に物質的にいくら不自由をしても,ありがとうという感謝の気持ちがあれば,けっこう幸福になるものなんですよ,楽しくなるものなんですよ.そういう気持ちもすごく大事だなと思うんだな.感謝したところで,太陽さんは別に喜びやしませんよ.感謝して得するのは,実は君ひとりであるということを,どうか忘れないでほしいんです.

幸福になるか不幸になるか,自分が伸びるか伸びないかは,諸君の心一つなんだ.他人じゃないんだ.生きている自分をどのように大きくとらえ,いま自分が生きていることに感謝できるかどうか.これ一つです.

また,このようにも言っている.

自分の人生を充実させていくのは,親でもないし,先生でもないし,環境でもないように思います.きみたち自身が感謝する心を持てるかどうかだと思うのです.感謝する大自然を持つためには,自分で考えて発見しなきゃだめ.それは,人が教えてくれるものではない.自分でありがたいと思うものを,大自然の中に発見していくことなんです.(中略)「だから,明日から太陽に感謝しましょう」―そうは申しません.諸君の中で,「ああ,わかった.じゃあ,おれはそうしよう」と思った人がいるなら,ぜひやってみてください.朝でなくとも,昼間でも夕方でもいい.太陽に手をかざして「ありがとう」と言ったら,気持ちがすっきりすると思いますよ.

 

 前回の記事では上田紀行氏の『生きる意味』を取り上げたが,その主張は各人が生きる意味を見出せるように適切なコミュニティが必要であるというものだった.しかし,そのようなコミュニティは,例えば致知出版社など,一定数存在していると考えている.なので,私はそれよりも,何でもないようなことに感謝できる心を養うことこそが重要だと思う.そしてそのためには,やはり勉強だ.様々なことに感謝できるように,勉強して自身の心をカルチベートしなければならない(太宰治『正義と微笑』の登場人物である黒田先生の発言).私もまだまだ浅学の身なので,研究分野だけでなくいわゆるリベラルアーツや日本の文化や伝統も学ばなければならないと日々思っている.22歳までの約10年間を無為に過ごしてしまったことは反省しているが,大切な友人もできたので後悔はしていない.むしろ,22歳で目が覚めたことで,自分の人生を大切にしながら日々を過ごすための努力ができることに感謝している.