備忘録

勉強や読書の記録

成毛眞『成毛眞の超訳・君主論』,メディアファクトリー新書,2012

 成毛眞氏と言えばマイクロソフト元社長として有名だ.本書の表紙にも氏名にそのような肩書が書かれている.成毛氏の立ち上げたHONZ積読リストが空に近づいたときに参考にさせてもらっている.成毛氏は猛烈な読書家でも有名で,本は10冊同時に読め!という本まで書かれている.それほどの読書家が君主論を読み,どのように感じたのかを気になり,本書を手に取った.

 内容としてはかなりビジネス寄りであるが,(当たり前の話だが)君主論の主張に従ったものになっている.加えて成毛氏自身が経験してきたビジネス現場での事例を用いて話が展開されており,そういったエピソードは中々面白い.しかし君主論の主張を裏付ける事例がほぼ皆無なため,君主論の内容を知りたいのならば,本書よりも君主論を読むことをオススメする.それでもコンパクトに主張をまとめる力量はさすが成毛氏という感想を抱いた.

 そういうわけで,本書で引っかかった内容はどうしてもビジネス寄りだ.例えば,マキアヴェッリの主張に自分を磨き,運命に支配されるなというものがある.この主張は,実は,スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱するプランドハプンスタンス理論と同じことを述べている.成毛氏はこの理論を次のように要約する.

「プランドハプンスタンス」理論によると,

  1. 個人のキャリアの約8割りは,予期しない偶然の出来事によって形成される.
  2. 偶然の出来事は,当人の主体性や努力によって,最大限に活用しキャリアに発展させることができる.
  3. 偶然の出来事をただ待つのではなく,それを意図的に生み出すように積極的に行動したり,自分の周りに起きていることに心を研ぎ澄ませると,自らのキャリアを創造する機会を増やせる.
そして,「プランドハプンスタンス」を呼び込むには,それなりに準備をしておかなければならない.キーワードとなっているのが「楽観性」「冒険心」「柔軟性」「大人げなさ」など.要するに,頭を柔らかくして何事にも興味を持つことが,予期せぬチャンスをつかませるのだ.

現実世界で活かすことを考えた記述だが,運命に翻弄されないためには自分の力を磨けという主張と一致している.なるほど500年前に書かれた君主論から学ぶことは多いと思わざるを得ない.

 また,現在も,生き残るために先人の教えに学ぶ人は結構多い(自分もその一人である)と思うのだが,君主論でもそうしろと主張されている.成毛氏はこの主張に対しては,必ずしも古典を読む必要はないと考えている.なぜなら難解な記述を含む本が多く,内容の解釈以外に多大な労力を要するからだ.確かに難解な記述は多くあるのだが,本書のような超訳では,伝わる内容に違いがあるように思う.故に,順番は問わないが,超訳だけでなく原著も読んだ方がよいと個人的には思う.もちろん,マルクス・アウレーリウスの自省録を読むのに非常に時間がかかったので,効率が悪いという意見には同意する.

 君主論の主張を成毛流に解釈した後で,現在の事例を引いて君主権の有用性を説いている.例えば,日本の平和ボケについて言及している.

 長らく,日本は平和な国だと思われてきた.

 しかし,日本が平和だったのは第二次世界大戦の終戦から今までの,60数年の間だけである.しかも,その間に隣国では朝鮮戦争が起こり,実際は決して安全な状況ではなかった.

 そして今の日本は断じて平和ではない.

 北朝鮮からミサイルが飛んでくる可能性はあるし,北方領土竹島は占拠されたままだ.尖閣諸島の周辺には懲りずに中国の船がウロウロしており,中国は東シナ海のガス田も虎視眈々と狙っている.自国の領土や領海を侵されているのに,見て見ぬふりをして平和な気分になっているのが今の日本の姿なのだ.

 また,「光が明るく輝くためには,闇の存在が不可欠である」という哲学者フランシス・ベーコンの言葉の具体例としてスティーブ・ジョブズを挙げている.彼のエピソードとして,昇進した幹部にいつも聞かせる話を引用する.

 あるとき,ジョブズの部屋のゴミ箱が空になっていなかったことが続いた.清掃員に理由を尋ねると,「部屋の鍵が替えられていたから入れなかったんだ」と弁明したという.清掃員なら言い訳をして許されるが,幹部ともなれば言い訳は通用しない.幹部になった以上,賽は投げられたんだ,とジョブズは諭した.

 つまり,「失敗したらクビだからね」と遠回しに釘を刺しているわけだ.出世をしたら全力で走るしかない環境に踏み出すのである.

このような烈しさを持つジョブズを,成毛氏はまさに君主論を体現する人物と評している.

 他にも社会の厳しさを突き付ける事例として,社会の不平等を挙げている.

 「人間はみな平等だ」と唱えている人が読んだら,不快に感じるだろう.実際にイメージだけで『君主論』を嫌っている人は多い.

 しかし残念ながら,今の社会も平等ではない.

 世界の富の約4割を,1%の億万長者が持っているという,国連大学世界経済開発研究所のデータがある.(中略)

 これから,若者にさらに皺寄せが来る時代になる可能性がある.

 若者が新卒で働きたくても企業では50代・60代の社員が居座っているので席がない.年金を68歳や70歳に引き上げようという案まで出ているが,そうなれば定年退職も伸びるだろう.企業はベテランの社員を解雇できずにいるため莫大な人件費がかかり続ける.若者への門戸をますます狭くするのだ.なんとか正社員の座を獲得した若者も,安い賃金で過酷な労働を強いられる.

良い.非常に良い.日本市場にも言及している.

 バブル崩壊後,日本はかなり変わった.

 まず,金融業界に代表される護送船団方式が成り立たなくなった.

 護送船団方式とは,簡単に言うと「落ちこぼれを出さない方法」.

 金融業界の場合は,全ての銀行が破綻しないで済むように,銀行間の競争を行政が制限していた.それも,最も競争力のない銀行に合わせて,すべての銀行が足並みを揃えていたのである.(中略)

 そもそも,競争のない世界などあり得ない.バブル期までの価値観のほうがおかしかったのである.

 世の中には「絶対」などない.今自分がいる企業もいつなくなるかわからないので,覚悟と準備が必要だ.最後の頼みの綱となるのは自分自身なのである.

金融業界でこのようなことが行われていることを知らなかったのだが,恐ろしい話だ.日本は最下層のレベルを高くすることに注力しているという話をボスから聞いたことがあったのだが,こういうことだったのか.集団のレースにおいてチーム内のビリに合わせることでチームのタイムは最適化されるという理論があったのだが,結果として叩き潰されては意味がない.ビリを育てることも大切だとは思うが,それにばかり注力しないようにしなくては.

 

 本書の価値は,厳しい現実を突き付けているところにある.また,例えば君主論を人生ゲームの攻略本のように見立てるといった,豊富な経験・知識を持つ成毛氏の感性にも触れられる.まずは君主論を読んでから,本書を読むことをオススメする. 

 

  1. 今こそ強いリーダーが求められる時代
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  4. 君主論』を体得すれば人生が変わる
  5. これから頑張る人が『君主論』を読むべき理由
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