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備忘録

勉強や読書の記録

佐久間賢『交渉力入門』,日本経済新聞出版社,2011

書評 ビジネス

 以前,佐藤優氏と立花隆氏の対談をまとめた「ぼくらの頭脳の鍛え方」という本を読んだのだが,そこで薦められていた交渉力入門を読んだ.

交渉力入門<第4版> (日経文庫)

交渉力入門<第4版> (日経文庫)

 

 図や主張に怪しい部分が多く,ストレスを感じながら読み進めていたのだが,あとがきに入門者向けとあったので,恐らく色々と簡略化した結果こうなってしまったのだろう.本書で印象に残っている部分は,3章の日本人と外国人の思考のフォーマットの違いを考察している部分が中々面白かった.肝心の交渉力については,当たり前のことしか書いていない.もちろんその当たり前をできない人が多いからこういった本が出版されているのだろうが.

 本書の主張はこうだ.グローバル市場に挑むには交渉術が必要不可欠だ.しかし,日本人と外国人で交渉の認識が異なるため,中々合意に至れない事例が多い.日本人にとって交渉の認識は駆け引きそのものであるが,外国人にとって交渉とはビジネス戦略のぶつかり合いであり,駆け引きは目的を達成するための手段の一つでしかない.この認識の違いにより,議論が進まず,合意に至れないという.

 では,どうすれば適切に交渉を進めることができるのだろうか.簡単に言うと,

  1. 置かれた状況の正確な情報を収集
  2. その情報に基づいて客観的に状況分析
  3. 状況を総合して代替案の中から最適に意思決定
  4. ユーモアを交える

これら4点が必要だ.さらに,交渉者に必要な人間性として,

  1. 人間的魅力を備えた人,具体的には,異なる意見をよく聞き,対立の中から物事をまとめる能力を備えた人
  2. そのビジネスに関する経験と技術を含めた専門知識を備えた人
  3. 責任感と危機管理能力を備えた人
  4. 組織の中で上部に通じた人脈を備えた人
  5. 尊敬できる人

を挙げている.ここまで当たり前のことしか書いてない本もあるんだなあとある意味関心したのだが,これができないからこんな本が出版されているので,気をつけねば.

 先程の交渉を進めるための条件3に代替案があったが,日本人は代替案を考えることが苦手だという.本書はこの理由を,日本人と外国人の思考様式の違いから考察している.

米国人の発想は,相手は自分とは異なる存在であるという点から出発する.従って,自己の存在をはっきり示す能力を持つ人間が,米国では優れた人物と見なされる.米国では子供の頃から,他人の前で自分の意見を強く主張できる人間になれるように教育される. 英語の I(私)が大文字であるように,主張すべきは他人とは異なる<私>である.一方,日本人の発想は,同じ人間であるならば,他人も自分も同じ存在であるはずだという点から出発する.日本では他人とうまく調和がはかれ,他人をも大きく包み込んでいける人物が高い評価を受ける.子供も自己主張の強い子は仲間から歓迎されない.日本人はハーモニーを非常に大切にする.

このような違いは,実は宗教の違いに起因するという.欧米はキリスト教,日本は仏教の影響を大きく受けている.キリスト教のもつ論理体系の基本はロゴス,つまり峻別,なので,物事を明確に区別して考える.一方仏教の論理体系の基本はレンマである.本書ではレンマを「直感的に感じ,把握すること」としている.レンマには,ロゴスのようなAかBの二者択一ではなく,AとBの肯定/否定,Aの肯定とBの否定,Aの否定とBの肯定の4パターンがあるそうだ.つまり,二者は明確に区別されるのではく,何かしらの関係で接続しているという思想がレンマである.外国人が何故明確に自身の意見を主張するのかというと,ロゴスは離散であり,自己を明確に他者と区別しているからだ.一方レンマは連続であるため,考え方の流れに結論を見出す思考が日本人に馴染む.故に,各評価項目を独立に評価して練り上げる代替案の提案という方法は日本人の思考に馴染まないという.中々説得力のある考察だと思う.とはいえ,宗教に関する知識が皆無なので本当かどうかわからない.聖書を読まねば.

 交渉を進めるためには「情報に基づいて客観的に状況分析」する必要があるのだが,これは本書の中では多角的思考という表現で言い換えられている.以前,苅谷剛彦氏の「知的複眼思考法」を読んだのだが,結局のところ異なる基準で物事を捉えるという話なので,そもそもその尺度を持ち合わせていないと多面的に考えたくても考えようがない.そうした多角的思考を実現するのは教養なので,交渉力を得るためには日々様々な勉強をしなければならない.一般に,交渉相手はそれなりの立場に居る人間であり,そうした人間は教育水準が高い.つまり,交渉をうまく進めるためには,やはり様々なことを知らねばならない.

 

 本書は,日本人と外国人の思考様式を把握している人にとってはごく当たり前のことしか書いてないため,それを把握できていない人にオススメする.