読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

備忘録

勉強や読書の記録

岡崎久彦『戦略的思考とは何か』,中公新書,1983

書評 歴史 自己啓発 思考術

 最近は様々なビジネス書で戦略という語を見かけるようになった.もちろんほとんど読んでいないのだが,ビジネス書,特に新書,はページ数の関係でどうしても内容の深みに関して今一歩という感想を抱き続けている.もちろんページ数や値段を考えると一定以上の質のものは多いが.

 本書はそんな戦略本とは全く異なる.ビジネスではなく,主にWWⅠ直前頃からの日本の国家戦略や軍事戦略をモデルとして,ケーススタディ形式で歴史的経緯や地政学的視点から戦略論を説いている.冒頭にあるように,左右関係なく客観的な評価がほとんどを占めており,戦略にとって最も大切なものを伝えている.かの林修先生の座右の書と聞いて手に取ったのだが,期待以上の名著であった.ぜひ手元に置いておきたい一冊である.戦史を扱っている関係で,どうしても右寄りの議論になりがちなのだが,事実をできる限り客観的に捉えているだけであることを予め断っておく.

戦略的思考とは何か (中公新書 (700))

戦略的思考とは何か (中公新書 (700))

 

 これまでいくつかビジネス書も読んできたのだが,それらの中には「日本人には戦略がない」という記述を含むものが一定数あった.本書でも,朝鮮出兵時に明のスパイが明の朝廷に対して「日本人は勇猛果敢だが何事にもよらず計画性がない」と報告したエピソードや,勇猛果敢な日本兵を無意味な戦略によって戦死させたエピソードが挙げられている.また,出典は忘れたが,日本の高度経済成長期における輸出攻勢によって車市場を日本製で占められてしまった米国が状況を打破するために日本を分析した際にも「驚くことに日本には戦略がない」とのコメントがあったそうだ.岡崎氏はこの理由を次のように語っている.

島国という恵まれた環境,世界にも稀な被侵略経験の乏しさ,それに由来する初心さが,外部の情報に対する無関心と,大きな意味での戦略的思考の欠如を生んでいる. 

侵略されるということは国家や民族の生死が握られると同義なので,当事者にとっては一大事である.そういう意味で侵略経験の有無によって生存への執念とノウハウの蓄積量に違いが出るのは当然だ.実際,情けない話だが,私も身の安全に疑念を抱いてからようやくやる気になったので,この主張には非常に同意する.

 では戦略的思考はどのようにあるべきなのだろうか.岡崎氏は次の4項目を提示している.

  1. 客観的であること
  2. 柔軟であること
  3. 専門家の尊重
  4. 歴史的ヴィジョンの保有

柔軟であるべきというのは,戦術のミスは戦略でカバーできるため,その場その場に応じて臨機応変にオペレーションを決定するということである.逆に,どんなに優秀なオペレーションを行っても,戦略が間違っていればそれは無駄になる.ゆえに,戦略が全てなのだ.リベラリズムが主流を占めているが,ハーバード大学にいたハンティントン氏は米国のリベラリズムに対していくつか問題点を指摘しているが,これらは米国に限らずに当てはまるので紹介したい.

  1. リベラリズムは国家権力に対して個人の自由を守ることに主眼があり,国際問題,特に国防,を考える上では不適切であること
  2. 国内的解決方法を国際問題に当てはめようとしていること
  3. リベラルは全てに公正客観的でなければならないので,全ての国際問題を国益を離れて他人事のように考える傾向の発言
  4. 相手も同じように人の好い考え方をしている保障がない点

特に4. は戦略を考える上で非常に重要で,生き延びるためにも私はリベラルであるよりも戦略的でありたい.

 印象に残っている文を以下に挙げていく.

弱者の群れはパワー・ポリティックスの上で意味を成さない.むしろ強者の怒りを買う.意味があるのは,弱者同盟と強者で契約を結ぶ場合だけだ. 

一つは防衛の問題というのは元々一朝有事のことであって,たとえ百年間戦争がなくても,自衛官が毎日訓練に励み,防衛関係者が万一の場合の戦略を考えるのは社会の機能分担として当然であり,また防衛体制というものは一朝一夕でできるものではないので,普段から十分な長期的戦略に基づいて大成を整えておくために国民の理解を得る努力をするのは必要なことと思います.

人間がいつかは生死のことを考えねばならないように,国家も,普段は日常の事務にかまけていても,最終ギリギリのところまで考えた基本的判断はいつも見失わないようにしている要がありましょう.それが戦略的思考というものだといえます.

情報というものは一度常識の線を失うと,どこまで堕ちていくかわからないものです.「ユダヤ人が結託して世界を征服しようとしている」などと耳元でささやかれると,これは重大な情報だ,と飛び上がったりします.こんなことは世界中の良質の情報にいつも接する環境にあれば,自ら,その,玉石,軽重の程度はわかるものです.

ただ一般論として,どんなデモクラシーの社会も,いざという場合の準備というものはしているのですから,日本も民主主義国であることと背反しない程度の有事立法を持つことは可能であり,必要ありましょう.むしろ自由社会としてごく常識的なことまでを軍国主義への第一歩などと言ってあまりに抑えすぎると「いざというときどうするんだ」という危機感が講じて,逆の極端に走る可能性もあると思います.

平和時で,みんなが時間をかけて考える余裕のあるときに1つ1つ決めておいた方が,いざという場合,極端に走ることをあらかじめ制し,デモクラシーの復元力を確保しておくためにも重要なことと思います.

孫子『「負けない」ということは戦略の基本です.まず負けない体制を作って,敵が勝たせてくれるのを待つ.自分にできることは負けないということで,勝てるチャンスは敵が作ってくれる.』

攻撃能力のない国というのは,同盟国としての価値は著しく制限されます.

 ビジネス書よりも遥かに効率的に戦略を学べる一冊だ.戦略を学びたい人は手に取ってみて欲しい.