備忘録

勉強や読書の記録

ジョフ・コルヴァン『究極の鍛錬 - Talent is Overrated』,サンマーク出版,2010

 Kindleセールの対象だったので読んでみた.内容自体は良いのだが,文章が非常に読みづらい.本書は,一流になるためには才能ではなく努力が大切だと説く.もちろんただ努力すれば一流になれるのではない.本書で言うところの『究極の鍛錬』を行わなければならない.

究極の鍛錬

究極の鍛錬

 

 本書によると,究極の鍛錬は以下の5要素を含む.

  1. 指導者が設計した体系だった鍛錬メニュー
  2. 自分の弱点を繰り返し練習すること
  3. その直後に受けるフィードバック
  4. 能力向上のために徐々に高くなる課題設定
  5. 決して面白くはない訓練内容

簡単にまとめると,究極の鍛錬は,一流になるための能力向上を主眼においたメニューを通して行う.まずはじめに自分の力量を明らかにし,不得意な内容を集中的に何度も何度も繰り返す.そして各試行でフィードバックを得る.そうしていると徐々に不得意が解消され,新たな不得意もしくは相対的に弱い点が見つかる.そこで集中の対象をそれに変更し,また何度も何度も繰り返し,フィードバックを受けて修正する.当たり前だが,不得意なことばかりやっているので楽しいものではない.

 一流や専門家というと,膨大な知識を連想する.記憶障害かもしれないと思うくらいには記憶力が悪いので,彼らの凄まじい記憶力は羨ましい.ところが,本書では,それもまた究極の鍛錬の成果だという.実際に達人に様々な種類の記憶力テストをさせたところ,彼らの専門では非常に素晴らしい成績を収めているが,専門を活かせない対象については人並みの結果しか残せていない.このことから達人はドメイン依存の記憶力が優れているだけだということがわかる(もちろんそれのアナロジーで良い成績を収めることも考えられる).そもそも人間の短期記憶の容量は高が知れている.達人は豊富な知識を元に意味の塊で物事を認識し,数個の塊を記憶している.要するに,膨大な知識が「一を聞いて十を知る」を実現している.これは,佐藤優氏の著書にあったインテリジェンスの話と似ている.

 私も学部時の就職活動で第一志望の企業からお祈りされ,その時の面接の最後に言われたある一言がきっかけで進学した.進学の目的は己の能力開発.修士を修了するまでに,大抵のことを自分自身で何とかできるようにするスキルを習得するのが目的だった.もちろん修士課程に在学しているので研究もしなければいけないし,そのために勉強もしなければいけない.いっぱいいっぱいになりながらも何とか初めて論文を書き上げたのだが,何を言っているのかさっぱりわからない(指摘してくれてありがとうざいます).その時に「ちゃんと言葉を扱えないと意思疎通を図れないのだなな」と思い,修士過程の2年間で日本語力の改善に大きく力を入れることにした.昨日最後の論文をほぼ書き終えたのだが,読み返してみると,自画自賛するのもどうかと思うが,この2年の努力が反映されている.

 本書でも訓練は「訓練対象を明確にし,それに集中的に取り組む」ことが大切だと述べている.図らずも,完璧なものではないが,究極の鍛錬のエッセンスを含んでいたために,この2年で大きく能力が向上したのかもしれない.本書では訓練のモデルとして以下の3つを挙げている.

  • 音楽モデル:やることが既に決まっており,質が問題のパターン.何度も繰り返すことで改善を期待できる.
  • チェスモデル:大量の事例をインプットする.
  • スポーツモデル:基礎スキルを固めるコンディショニングと,固有スキルの開発.

この2年間で日本語力を高めるために多くの本を読んできたのだが,読書はすべてのモデルを兼ねているように思う.「日本語を読む」スキル(=質)は何度も繰り返すことで改善を期待できそう.また,読書を通じて多くの事例(日本語,知識)をインプットできる.更に,文章から情報を理解することはあらゆる場面で要求されるので,基礎スキルを固めるコンディショニングも兼ねている.その代わり,研究活動を通して専門的なスキルは不十分だが,基礎スキルの方が大切.専門スキルは後で回収すればいい.

 2年前は,それまで本を読んだことがなかったので読書が苦痛すぎて一向にページが進まなかったのだが,今では読書自体に対して抵抗はなくなってしまった(本書のように読みづらい文章にはストレスを感じるが).本書の言葉で言い換えると,2年前,読書はラーニングゾーンであったが,今ではコンフォートゾーンになってしまった.本書ではコンフォートゾーンに居ては成長できないので,とてもつらいが,成長のためには意識的にラーニングゾーンに居る必要があるという.そろそろ数学もちゃんとやらないとなあ.春休みにやろう.

 思い返せば,とてもつらい究極の鍛錬.なぜ続けられたのだろうと考えると,ひとつは必要性(働かないと死ぬ).以前読んだ『人はいかに学ぶか』にも必要性が学習を加速すると書いてあった.でも,そもそも必要性はどこから芽生えてくるのだろうか?本書によると,最初はほんの少しの成功体験が積み重なることで,究極の鍛錬を支えうる内的動機が芽生えてくるそうだ. 

 価値ある内容だったが,とにかく読みづらくてストレスが溜まった.原書の方は読んでいないが,もしかしたら直訳なのかもしれない.それなら,英語で読んだほうが良さそう.松尾氏による『「経験学習」入門』も究極の鍛錬と重なる内容があり,こちらは『究極の鍛錬』と違って非常に簡単な文章で書かれている.もし本書が読みづらいと感じるのならば,『「経験学習」入門』に目を通してから読むといいかもしれない.

「経験学習」入門

「経験学習」入門