備忘録

勉強や読書の記録

ローラ・ウィットワース他『コーチング・バイブル―人と組織の本領発揮を支援する協働的コミュニケーション』,東洋経済新報社,2008

 外資企業を中心にコーチングと呼ばれる手法が導入されているが,入社先でもコーチングが行われているので,その予習も兼ねて.図書館にあったのが第二版だけだったのだが,この本の記述を読む限りは第一版と大体同じ内容のようで安心して読んでいた.が,調べてみると,第3版も出ているようだ. 

コーチング・バイブル―人と組織の本領発揮を支援する協働的コミュニケーション (BEST SOLUTION)

コーチング・バイブル―人と組織の本領発揮を支援する協働的コミュニケーション (BEST SOLUTION)

 

 本書はコーチングにおける関係と対話の特徴について記述しているが,そもそもコーチングとは何なのか.実際には,クライアントに依頼された場合や組織の管理下での実行などコーチングの環境下によるが,本書によると,コーチングの核心は『発見と気付きと選択をもたらす』ことにあるという.また本書で扱われるコーアクティブ・コーチングにおけるコーチとクライアントの関係は,クライアントのニーズを満たすことが唯一最大の目的として結ばれた,クライアントが自ら望む人生を創り出すのに必要なエネルギーを充電する場のような,対等なパートナーシップである.コーチングは,(1) クライアントは自ら答えを見つける力を持っている,(2) クライアントの人生全体を取り扱う,(3) 主題はクライアントから,(4) クライアントと共にその瞬間瞬間から創り出す,の4つの前提を踏まえた上で行われる.その他にも,相手に対する敬意や思いやり,率直さ,(コーチは)あくまで真実だけを口にしなければならないというルールがある.これらに基づいて,クライアントの惹きつけられるものを明らかにして(やるのとやらされるのでは雲泥の差があると某十則にも書いてある),生きる力を奪うような古い習慣を改め,クライアントの人生の中に新しい行動習慣を定着するのを支援する.

 前提 (1) に関しては,クライアントは人間としておかしい存在ではないため,「治す」必要がまったくない.つまり,コーチが答えを与えるのではなく,クライアントが答えを発見できるよう誘導する,と言い換えられる.(3) に関しては,クライアントが持ってきた暗示的な主題(自らの夢や願望)を明確化し,それらに沿った目標や成果を得られるように「支援」するのがコーチの役割だと述べている.

 ここでいうクライアントの主題は,クライアントの人生全体にフォーカスした「大きな主題」と,毎回のコーチング・セッションでクライアントが持ってくる「小さな主題」の2つに分けられる.コーチは「小さな主題」の解決を支援しながら,「大きな主題」に向かって誘導しなければならない.

 「大きな主題」は,人生のあらゆる局面における意思決定と関わっている.この意思決定は,フルフィルメント(より充実した人生を送るか否か),バランス(よりバランスのとれた人生に向かうか否か),プロセス(人生というプロセスをより深く味わうか否か)の3つの指針に影響を受けているそうだ.それぞれの指針に関するコーチの役割を述べる.フルフィルメントは,クライアントの価値観に沿った選択をして自身の心や精神を満たすこと.バランスについては,ジョフ・コルヴァン『究極の鍛錬 - Talent is Overrated』,サンマーク出版,2010 - 備忘録でも紹介した通り,人生においてはある部分を伸ばすために他の要素を捨ててしまうことがある.その際に他の部分に気が回らなくなってしまい,その「他の部分」について積み上げてみたものが崩れてしまう.クライアントの視点の幅を広げることで,取りうる選択肢を増やすのが,バランス.プロセスは,何が起きているのか気付き,それをクライアントに伝える.たとえどんな状況にあろうと,常にそばで支え励まし,難局を共に切り抜けて喜び合う.

 コーアクティブ・コーチングでは,各指針にフォーカスしてコーチングすることもある.そもそもコーチングの目的は,クライアントがより良い人生を実現できるように支援することだ.しかし,そのためには現時点での価値観とは真逆の方向に歩んでいくこともある.そういった作業はとてもつらいものだ.フルフィルメント・コーチングでは,クライアントがつねに自分なりの充実感を追求し続けるよう強く促す,つまり,クライアントに自分で「充実した状態を今日実現するにはどうすれば良いか」を考えてもらう.

 バランス・コーチングの目的は,滞っていたクライアントの人生の流れを元に戻し,クライアント自身が人生の主導権を取り戻すために,目の前の課題について必要な行動が起こせるように支援すること.具体的には,(1) 有りうる視点を列挙する,(2) 挙げられた視点からある視点を選択し,それを通して自身に選択力があることを自覚してもらう,(3) 選択した視点であり得る行動を列挙してから絞り込み,行動を計画する,(4) 計画した行動をやり切る決意を固めてもらう,(5) 実行してもらい,進捗確認とフィードバックを行う,の5ステップから成る.(3) の計画の際には「OOPS; あまりに(Overly)楽観的な(Optimistic)計画(Planning)症候群(Syndrom)」にならないように,実行可能な計画を作成しなければならない.

 プロセス・コーチングでは,内的な変化を体験すると同時に全く新しい自分に気づいてもらうのが目的.プロセス・コーチングも,(1) クライアントの「心のうねり」を聴き取り,それを言葉にする,(2) クライアントとそれを探求する,(3) クライアントがそれを深く経験する,(4) クライアントのエネルギーに変化が起きる,(5) 新たな動きが起きる,の5ステップから成る.「心のうねり」,つまり,ちょっとした違和感を聴き取るためにレベル2以上で傾聴していなければならない.また,(3) では,失意の経験をただ言葉にしているのか,それを追体験しているのかを見極めなければならない.なぜなら,追体験している方がクライアントにより多くの学びをもたらすから.

 前述した3つの指針はクライアントに関するものだったが,コーチには,(1) 傾聴,(2) 直感,(3) 好奇心,(4) 行動と学習,(5) 自己管理,の5つの資質が要求される.

 まずは(1) 傾聴について.本書によると,傾聴には3つのレベルの傾聴がある.レベル1の傾聴では,クライアントの発言を受けた上での自分の考えや気持ち,意見・判断など自分自身に意識が向いている.レベル2では,声色や表情など,クライアントから読み取れるあらゆることに意識が向かっている状態を指している.このレベルでは,コーチは常に,自分の聴き方がクライアントにどのように影響を与えているかを認識する必要がある.これは,監視のように意識的に行うのではなく,ただ相手に与えている影響に気づいているという無意識的な状態で行わなければならない.レベル3では,肌で感じるものや感情的なものなど,クライアントの言動以外の全てのことも認識する.これは「環境的傾聴」とも言うそうで,レベル3の傾聴を習得している人の例として熟練した漫才師や研修の講師などを挙げている.もちろんコーチも人間なので,次に何をすべきか考えてしまうなど,レベル1の状態に戻ってしまうことも考えられる.これはしょうがないので,なるべく早く気づいてレベル2以上の状態に戻す必要がある.やり方としては,本書では,「今気が逸れてて聞き逃してしまいました.もう一度話していただけますか?」という風に,素直に謝れ,とある.自分の過ちを認めて謝るの大事だよね…

 直感については,個人的にはあまり信用していないが,コーチングにおいては有益なものになるという.なぜなら,それが正しいかどうかではなく,それがクライアントの行動を前に進め,学びを深めることに繋がったかどうかで評価されるから.クライアントの進歩に貢献できる可能性があるなら,どんなバカバカしい思いつきでも構わないということになる.

 好奇心は何を表しているのだろうか?この質問を受けて「何だろう?」と考えてしまった人もいるかもしれないが,このように,質問を投げかけることで簡単に意識の方向を換えることができる.質問する際は,クローズドクエスチョンを避け,尋問調にならないようにする必要がある(悪気はないのだが,よくやってしまう…).加えて,質問によってクライアントの意識が向かう方向を自覚しながらも,クライアントがどこに向かおうとそれに拘ってはいけない.

 あらゆるコーチング・スキルはクライアントの行動を進め,学習を深めるためにある.クライアントは「行動」「学習」を,コーチは「進める」「深める」ことに重点を置く.そして,よく言われているように,クライアントがその経験から学んだ内容に着目しなければならない.行動の結果,失敗することもあるが,それはクライアントがそれだけの有機と決意を持ってリスクを取ったということである.したがって,その行動を称えなければならない.ぬるぽ吐いたら「最高だね!!!」と言えるようにならなくては.行動を進め,学習を深めるためのスキルとして「目標設定のスキル」がある.本書では,良い目標は具体的かつ測定可能で,その結果を何らかの形で記録し,評価することができる特徴を持つ,とある.

 自己管理では会話の誘導句が紹介されているので印象に残った部分はほぼなかった.唯一記憶に残っているのは,例えばクライアントとの会話で自分の専門分野を扱っている場合に,「コーチとしての意見」と「専門家としてのアドバイス」を明確に区別しなければならないという話.もちろんクライアントにとって有益だと思うならば,「専門家としての見解だが」など許可を取ってから話せば良い.

 コーチングを行う上で重要なスキルがいくつかある.まずは「俯瞰のスキル」について.これは,クライアントは近視眼的に物事を捉えがちなので,大局的な視点を提示しろということ.次に,「反映のスキル」について.クライアントは往々にして目の前の問題を近視眼的に捉えてしまい全体像が見えなくなることが少なくないが,その際,コーチは自分の観察したことを評価や判断を交えずにそのまま包み隠さず伝えなければならない.伝える内容に関しては,それが正しいかどうかは問題ではなく,クライアントがその指摘を受け入れられるような状況にあるかを意識しなければならない.「明確化のスキル」について.これは字面の通りで,クライアントの発言をよりシンプルな言葉に置き換える技術を指す.最後に,「認知のスキル」について.これは,コーチングによってクライアントが成長しつつある部分,強くなりつつある部分を認識する.コーチングが扱う主題は「大きな主題」に沿っているので,人生における価値観のような部分になる.したがって,クライアントの人となりを認める技術ということになる.

 コーチングを受けたクライアントは,コーチによって自身の内なる価値観と向き合い,次なる行動を見つけ,その行動から学びを引き出した経験に基づいて,最終的には自身がコーチとなり,一人でコーチングを進められる状態になるのが理想.自分がコーチングを受ける上で最も課題になるのは,感情の起伏が激しくない点になりそう.最後に,少し長いが,ある段落を引用する.

クライアントによっては,子供の頃からずっと「謙虚であれ」とか「目立ってはいけない」と教えられてきたために,自分を誇りに思うことを無意識のうちに避け,他人から認められたり,自分が成し遂げたことの意味合いを見つめたりする機会を失っている場合もあります.もしくは,単純に幸せを感じることを恐れていたり,喜びを人前で表現するなんて不必要だし不謹慎なことだ,と思い込んだりしているクライアントもいるかもしれません.そんな時,コーチであるあなたの役割は,クライアントが本来人生で味わえるはずなのに十分に味わい切っていない領域はどこから耳を澄ませることです.クライアントの人生を音楽に例えるならば,本来そこには豊かで幅広い音域があるはずです.にもかかわらず,もしもクライアントが高音や低音に蓋をしてしまったら,限られた狭い音域でしか演奏できなくなってしまいます.そして,いつしかクライアントが奏でる人生の音楽は変化に乏しく,単調で退屈なものになってしまうことでしょう.