ガー・レイノルズ『プレゼンテーションzen プレゼンのデザインと伝え方に関するシンプルなアイデア 第2版』,丸善出版,2014
論文投稿の関係で中々本を読む時間を確保できていなかったのだが,一段落したので,プレゼンテーションを控えてることもあり,プレゼンに関する本を読んでみた.本書に載ってるサンプルスライドは研究発表に活かしづらいものが多いが,一方で,本書で説いているプレゼンテーションの在り方には,論文執筆にも活かせるものが少なくない.
例えば,第3章『アナログ式に計画を練ろう』では,コンテンツや表現方法を十分に煮詰めることなくパワーポイントに向かう人の多さを指摘している.この章では,まず紙やホワイトボードなど,アナログ式に内容を練り上げてから,スライドに落とし込むことを推奨している.その中に『2つの問い:「何が言いたいのか?」「なぜそれが重要なのか?」』という節がある.その内容は,扱っている内容の重要性が伝わらないと,聞き手に十分に伝わらないということである.現在執筆中の論文でも『なぜそれが重要なのか?』が不十分だと指導教員に指摘された身には耳が痛い(自分の中では重要な問題だが,その重要さを明確に記述していなかった).
本書では,メッセージにおいて『なぜ重要なのか?』が欠如していることを,つまり,自分と同レベルの背景知識を持たない聞き手の気持ちに思い至らないことを,『知の呪縛』に縛られていると表現している.ではこの『知の呪縛』に立ち向かうためにはどうすべきか.本書ではSUCCESs(Simplicity: 単純明快,Unexpectedness: 意外性,Concreteness: 具体性,Credibility: 信頼性,Emotions: 感情に訴えること,Stories: 物語性)を提案している.これらのうち,Storiesに関する部分には非常に印象深い記述がある.
人間は自分の経験を物語の形で記憶するようにできている.つまり,物を覚えるにはストーリー時縦にするのが,一番効率がいいのだ.人間が耳や目を使って情報を共有してきた年月は,リストや箇条書きのそれよりも遥かに長い.
記憶力が非常に悪い(というより,やり方が悪いのだと思う)自分には参考になる.
信頼性を高める上では,引用句の使用も有効だと言う.虎の威を借る狐というわけだ.これについては,元マッキンゼーで『エクセレント・カンパニー』の共著者でもあるトム・ピーターズが公開している "Presentation Excellence" の第18条にも書いてある.
エクセレント・カンパニー (Eijipress business classics)
- 作者: トム・ピーターズ,ロバート・ウォーターマン,大前研一
- 出版社/メーカー: 英治出版
- 発売日: 2003/07/26
- メディア: 単行本
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第8章では,実際にプレゼンテーションする際には,もちろんプレゼンテーションに限った話ではないが,「完全にその場に集中すること」が重要であるという.ここでは「無心」,つまり,心はここにはないが,ある状態のこと,を「集中」としている.『競争の科学』の冒頭で,百戦錬磨のプロスポーツ選手でもかなりのストレスがかかっていると示すデータが挙げられていたが,恐らくこれが「無心」なのかもしれない.しかし,LINEやFacebook,メールなど,あらゆるところで通知が鳴る環境では,自分自身や何かに集中することはできない(この辺はニコラス・G・カーの『ネット・バカ』にも書かれている).そういう環境は避けることはできないので,せめて意識的にでも離れる必要があると思う.さっさと論文修正を終えて一刻も早くスマホの電源切ろうキャンペーンを再開したい.
第9章「聴衆と心を通い合わせる」では,集中力を高める上で「驚き」の感情が有効だという.覚醒レベルを上げ,集中力を高めてくれるのだとか.第10章にも,衝撃的なエピソードや驚くべきデータ,感動的な写真などの提示により感情に訴えることでコンテンツが記憶に残りやすくなる,とある.感情を揺さぶられることで,大脳辺縁系の扁桃体から信号が送られ,ドーパミンが放出されるらしいが,詳細はジョン・メディナ『ブレイン・ルール』を読まないとよくわからない.ちなみに,この『ブレイン・ルール』では「ミラー・ニューロン」にも言及している模様.ミラー・ニューロンとは「自分が何かをするときと,他人がそれを行うのを見るときの,どちらの場合にも活動電位を発生させる神経細胞」らしい.共感能力とも取れるが…今月15日に予定があるので,楽しみが増えた.
本を読むようになってからよく思うのだが,世の中にたくさんいる「賢い人」は,頭がいい云々よりも,効率的な情報処理の仕方を習得しているだけなのかもしれない(それが凄いことなのだが).以前『究極の鍛錬』を読んでから,ますますそう思うようになった.第2章でも「あなたにも創造力はある」という節がある.創造力に関する記述を引用する.
クリエイティブであるということは,(中略)脳全体を使って解決策を見出すことである.創造力とは従来の知識や方法にとらわれず,(往々にして瞬時に)独創的な思考を取り入れ,不足の事態を切り抜ける能力を指している.こうした場面には論理や分析だけでなく,大局的にものを見ることが必要だ.このようなものの見方ができるのも,右脳的でクリエイティブな資質である.
大学院に進学するまでまともな思考訓練を積んでこなかったので,ロジカルであることにはだいぶ意識してきたのだが,その代わりに,少し局所的な視点でモノを見るようになってしまったのかもしれない.何事もやり過ぎは良くないので,もう少し自由にモノを見れるようになる必要があるのかもしれない.
最後に,後半部分で言及される「利己的自己」について.パートナーシップ哲学の研究者であるロザモンド・ザンダーは,周りからの評価を気に掛け,愛情や気遣い,食べ物などの不足について思い悩んでいる状態を「利己的自己」と定義している.この利己的自己を満たすために我々は日々競争や比較に明け暮れているのだそう.ところが,競争に勝利したところでこの「利己的自己」は完全に満たされることはないという.これを満たすには,明るく,気楽にやることが有効らしい. 2年前に就活に失敗して競争や比較を意識してきた身としては,近いうちに役に立ちそうな記述である.